先週の話しになりますが、8月のさっぽろ市民寄席、平成開進亭の桂枝光「噺家生活35周年記念」雀三郎二人会に奥さんと行って来ました。
会場:エルプラザ内3Fホール(札幌市北区北8条西3丁目)、日時:8月8日、開場18:30、開演18:50、入場料:一般 2,000円
出演:桂枝光、桂雀三郎
7月11日に行った平成開進亭(権太楼の巻)でも書いたのですが、今回の雀三郎二人会が、さっぽろ市民寄席「平成開進亭」が誕生して100回記念です。(^O^)/
100回記念は記念品が出るとの事で、今回は久しぶりに奥さんも平成開進亭へ行くことになったのです、奥さんは記念品に弱いのです。(^┰^;)ゞ
そんな当日の北海道新聞の朝刊には大きく「平成開進亭きょう100回」の記事が写真入りで載りました。おー!100回記念は気合い十分ですね。
新聞によると、明治時代には狸小路やススキノに寄席が複数あったことを示す資料があるそうです。初めて寄席ができたのは、札幌に開拓使が置かれた2年後の明治4年だそうです。
平成開進亭の名前ですが、そんな明治の寄席の一つに「開進亭」があり、その名だそうです。そんな「開進亭」に「平成」を冠して「平成開進亭」とし、市民に親しんでもらうことにしたそうです。
公演は1回2時間半。桂さんの広い人脈を生かして、ゲストを招き、自身も毎回3席を務めています。毎月通うお客さんもいる中で、同じネタを続けれませんから毎月3席は大変ですよね。それにしても同じ演題を含めても100回×3回=300回です。
会場は100人を収容できる豊平館(札幌市中央区)から始まり、人気も定着したので現在の200席程のエルプラザに変えたそうです。
観客が増えたのは、落語を扱ったTBSの「タイガー&ドラゴン、主演は長瀬智也・岡田准一」や、NHKの連続テレビ小説「ちりとてちん、、ヒロインは貫地谷しほり」が、ここ数年の間に放送され、人気の裾野が広がった影響もあるようです。
「大阪の笑いは北海道に通じない」との冷やかしもあったそうですが、同じスタイルを崩さず地道に落語の普及に努めて、東京の落語から「札幌の寄席に行ってみたい」と言われる日まで頑張りたいと、桂枝光さんは話していると新聞で説明していました。
さて、そんな8月のさっぽろ市民寄席、平成開進亭ですが、当日は午後から大通り近辺で予定があったのですが、夕方に奥さんと合流して食事を済ませてエルプラザに向かいました。
今回は朝刊に大きく紹介されてましたし、更に記念付きの100回記念ですから混雑を想像しながら向かいます。当日券は開場まで販売しないので早く到着しても意味が無いので開場の18:30を目指して移動しました。
エルプラザ内3Fホールに開場時間前に到着したのですが、既にホールはガラーンとして当日券を買う人が数名いるくらいです。こりゃ混雑緩和にフライングで開場したのでしょうか?
当日券を売り場からは館内は死角で見えないのですが、何か館内から熱気が伝わってきません。こんな雰囲気を感じたのは初めてです。
チケットを購入してパンフレット等を受け取り館内に入った途端に、感じた事のない雰囲気の原因が分かりました。Σ(゚д゚lll)
( ̄▽ ̄;)!! 「なんじゃこりゃ」って驚きの激少ない観客です。
いつもなら檀上前の前方席が寄席好きで人気席なのですが、ガラガラで空席の方が多いです。そんな空席を横目に私たちはいつもの通り階段席の中段より少し上の端側席を確保します。
270席程度入れるところに、そうですね90名入ってるのか?って感じです。
係りの人が前方席が空いているので詰めて欲しいとアナウンスしてますが、こんなお願いされたのも初めてです。協力したいのですが、前方席はパイプ椅子ですからそれに2時間半は勘弁して欲しく協力はできません。(-_-;)
開演時間です。トン♪トン♪トン♪トントコ♪トントコ♪ピーヒャラ♪
◆◆本日の演題◆◆
桂枝光『桃太郎(ももたろう)』
桂雀三郎『素人浄瑠璃』
桂枝光『仔猫(こねこ)』
中入り
桂雀三郎『蛇含草』
桂枝光『崇徳院(すうとくいん)』
100回記念で、この観客数は想定外でしたね。関係者も観客も予想外の出来事だと思います。何か見てる方が申し訳なく感じます。m(__)m
登場した桂枝光さん「芸名、桂枝光、本名、えなりかずきです」の定番あいさつから、早速、会場を見渡して、今朝の北海道新聞の朝刊には大きく取り上げて下さったのですが、せめて3日前の新聞で扱って欲しかったと嘆きです。大ウケです。(^^♪
7月に次回が100回記念と桂枝光さんは話してましたが、そもそも100回記念を気が付いたのが6月だったそうで、何も準備してなかったというのが実態だそうで宣伝不足を反省してました。
今回の100回記念の記念品は、そんな状態で急きょ奥さんである千賀子夫人のアイデアで作成したそうです。
ストラップで片面に「祝100回平成開進亭」、裏面に「桂枝光」と書かれています。早速、私は携帯電話のストラップに使わせて頂きます。(#^^#)
ちなみに奥さんが貰ったストラップは、あれから1週間経ちましたが居間のテーブルの上に上がったままの状態です。100%存在すら目に入ってませんね。(^┰^;)ゞ
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◆◆開進亭つれづれより抜粋◆◆
今回のパンフレット(開進亭つれづれ)の裏面には、何と1回目から99回まで抜粋された回ですが、その回のゲストと演題が書かれています。
過去のゲストで奥さんとウケたのは、2005年8月はB&Bです。更に2006年10月にはB&Bと大平サブローって懐かしい名前を発見しました。この頃って漫才ブームは過ぎてましたよね。どんなネタだったか気になります。
もう一つ読んでて知りました。毎回、私は今回の演題は何だったのか内容からネットを使って苦労して調べてたのですが、何と平成開進亭のオフィシャルサイトの過去ログを開くと演題が載ってると書いています。(-_-;)
早速、このブログを書くのにチェックすると・・・載ってました。ショックです。( ̄▽ ̄;)!!
見なければ良い話なのですが、知ってしまったら駄目ですね。結局、今回の桂雀三郎の演題は手抜きで見てしまいました。
平成開進亭が産声上げた2005年5月19日、こけら落としの会場は狸小路近くにあったアーバンホールで、第1回のゲストは枝光師匠の兄弟弟子である桂文珍師匠。200席以上の会場は大入りだったそうです。
ゲストのセッティングから会場の設営、チラシの作成・配布、チケットの用意まですべて夫婦二人で手掛け、100回へと積み重ねてきたと書かれています。
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◆◆演題のあらすじ◆◆
桂枝光『桃太郎(どももたろう)』
夫婦の時間を過ごすために、父親が子供を早く寝かせようとする。眠くないという子供と、なんとか寝かしつけようとする父親のやり取り。
昔話の「桃太郎」をして寝かしつけようとすると、話を聞くことと寝ることは同時に出来ないと反論する子供。
それで語りだすと、「むかしむかし」と始めると「むかしって何年前?」、「あるところに」というと「あるところってどこ?」、とやたらと口を挟み話がまったく進まない。
黙って聞けと怒鳴り散らすと、お父さんがうるさいから眠れないという始末。父親は早く寝かせたがるし、母親は早くからネグリジェに着替えてウロウロ。子供は何かあると勘繰り出す始末。
子供は父親に、だいたい桃太郎に込められた意味がわかっているのかと問い詰める。子供が説明を始めると、それを父親は素直に聞く。
「むかしむかし、あるところに」は全国どの子供にもわかるやすいように年号や地名をぼやかしているのだ。おじいさんは山へ芝刈りに行くのは「父の恩は山よりも高い」ということを、おばあさんが川へ洗濯に行くのは、川が流れる海を通じて「母の恩は海よりも深い」ということを表している。など、子供が説明をしていると・・・
初めは真剣に聞いていた父親も眠くなって先に寝てしまう。その父親を見た子供が、「今どきの親は罪がないわ」。
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桂雀三郎『素人浄瑠璃(しろうとじょうるり)』
調べるとこの演題は「寝床」「寝床浄瑠璃」「素人浄瑠璃」などと言われているようです。今回は平成開進亭のオフィシャルサイトの過去ログに載ってた「素人浄瑠璃」としました。
桂雀三郎withまんぷくブラザーズとして「ヨーデル食べ放題」の約12万枚を売り上げるヒット曲も持つ。そんな「ヨーデル食べ放題」の少し披露して、歌繋がりで強引に話は浄瑠璃を題とした「素人浄瑠璃」へ入る。
下手な語りは、本人は満足しているが聞いている方は大変な迷惑である。ある大家の旦那もそんな類の一人で、すぐ他人に語りたがるが、あまりにも下手なので、長屋の店子たちは誰も聞きたくないのが本音である。
そんな事を旦那は知らないのか今夜も披露するとの事で自慢のノドを聞かせようと大張りきり、座布団を並べて会場の準備やらご馳走の作らせている。
そこへ近所にお誘いの連絡に行った番頭が戻ってくる。早速、旦那は皆の都合がどうだったか確認すると、提灯屋は開店祝いの提灯を山のように発注され徹夜の作業になる、金物屋は親が急病で外に出掛けることができない、小間物屋は女房が臨月なため無理、豆腐屋は法事に出す生揚げやがんもどきをたくさん発注されて忙しい。と、全員断られてしまった。
それならと、店の使用人たちに聞かせようとするが、番頭はこれまた、一人一人の理由(仮病)を付けて聞けないという。
頭に来た旦那は、店の者は全員クビだと言って不貞寝してしまう。それでは困るので番頭は長屋の一同に頼んで観念して義太夫を聴こうとする。
番頭が皆がさわりだけでも聞きたがって集まってるので披露して欲しいとおだてると、機嫌を直して「それじゃさわりだけ」と再び語ることにした。
旦那は慌ただしく準備をし直し、張り切ってどら声を張り上げる。本人は絶好調だと大満足して皆の前に立つと「今日はノドの調子がいいので最後まで歌う事にする」
演題の「寝床」と「素人浄瑠璃」の違いはサゲ(オチ)の部分で、最後に大混乱の「浄瑠璃の会」の様子で終わるのを「素人浄瑠璃」としているようです。
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桂枝光『仔猫(こねこ)』
船場の商家に、おなべという田舎ものの女子衆(女性の奉公人)が勤めにやってくる。方言丸出しで言動も粗雑、器量は良くないのだが、働きもので気が利くということもあって回りの評判はとても良くなった。
徐々に良いところに気がつく男が出てくる。
しかし夜中にトイレにたった男が月明かりに笑うおなべを見た。そこから夜中に様子がおかしいおなべの話が出てくる。月明かりに、部屋で口元を血で染めているとか見た者までも出てくる。
これはよろしく無いことだと、おなべが外出中に旦那と番頭がおなべの持ち物を調べると血にまみれた毛皮が見つかった。
番頭はおなべに出て行ってくれと言おうとするのだが切り出せない。そんな番頭の様子がおかしい事に気がついたおなべは、隠し物を見られたと悟り事情を話し始める。
おなべの父は百姓片手の山猟師。それがたたって、七つの時飼い猫が怪我をしたときになめてやったのが始まり。その味が忘れられなくなった。それで猫を取って食べる病になってしまい、周りの人達から気持ち悪がられて、村を出て行かなければならなくなった、というのだ。
地元にいられず、大阪に奉公に出てきた。昼間は我慢できるが、夜が迫ると我慢できないのだと身の上話をするおなべであった。
それを聞いた番頭は、「そうか猫食いか、因果なもんやな。昼間はあんな明るい、おなべが、猫かぶってたんか」と。
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桂雀三郎『蛇含草(じゃがんそう)』
町内の隠居さんの軒先に草がぶら下がっている。この草はうわばみ(蛇)が 人間なんかを飲み込んだ時に、この草をなめると人間が溶けるというもので まじないのために軒先にぶら下げているのだと隠居は言う。
そこで、この草を半分もらい着ている甚兵衛の紐に結び付けた。
隠居さんが丁度もらった餅を焼いて餅を食べるところだったとか、もの凄い量の餅であるが、餅は大好物で何個でも食べれる全部食べるのも朝飯前だと大口をたたく。
それなら一個残らず食べてみろと隠居に言われて、最初は調子よく食べ出したが全部食べきれず少し残して家に帰った。
家に帰っても 腹の調子が悪くなり、床を敷かせて横になるが、気分が悪く胸を撫でている内に、紐に結び付けた草の事を思い出す。蛇にも胸やけに効くのだから人間にも効くだろうと、むしゃくしゃと草を 食べてしまった。
そこに隠居が心配してたずねて来て、寝ている部屋の障子をあけると、「餅が甚兵衛を着てあぐらをかいていた」
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桂枝光『崇徳院(すうとくいん)』
商家の若旦那がろ患いつき、飯も喉に通らないありさまで衰弱するばかり。医者に診てもらったところ「これはなにか心に思い詰めていることが原因で、それをかなえてやれば病気は治る」と言うので、しつこく問いただしてもいっこうに口を割らない。
ようやく、出入りの熊さんになら話してもいいと若だんなが言うので、大旦那は早速に熊さんを呼びにやる。
熊さんが部屋に入ってみると、若だんなは息も絶え絶え、話を聞いても笑わないことを条件に、やっと聞き出した病気のもとというのが恋煩い。
20日ばかり前に上野の清水さまに参詣に行った時、清水堂の茶店に若旦那が腰を掛けて景色を眺めていると、目の前にお供の女中を三人つれたお嬢さんが腰を掛けた。それがまた、水の垂たたるようないい女で、若だんなが思わず見とれていると、娘もじっとこちらを見る。
しばらくすると茶袱紗(ふくさ)を落としたのも気がつかず立ち上がるので追いかけて手渡した。娘は料紙に「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の」という上の句だけ書いて若旦那に手渡し、去って行った。これは下の句が「われても末に逢はむとぞ思ふ」という崇徳院の歌。
それ以来何を見てもあのお嬢さんの顔に見える、というわけ。
熊さん、大旦那に報告すると、その娘を何としても捜し出してくれと頼まれ探すことになる。もし捜し出せなければ、せがれは五日以内に間違いなく死ぬから、おまえはせがれの仇、必ず名乗って出てやる。
さあそれから湯屋に十八軒、床屋に三十六軒。「セヲハヤミセヲハヤミー」と、がなって歩いて、夕方にはフラフラ。
三十六軒目の床屋で、突然飛び込んできた男が、出入り先のお嬢さんが恋煩いで寝込んでいて、日本中探しても相手の男を探してこいというだんなの命令で、これから四国へ飛ぶところだと話すのが耳に入る。
さあ、もう逃がさねえと熊五郎、男の胸ぐらに武者振りついた。「なんだ? じゃてめえん所の若だんなか?てめえを家のお店に」「てめえこそ家のお店に」ともみ合っているうち、床屋の鏡を壊した。
「おい、話をすりゃあわかるんだ。家の鏡を割っちまってどうするんだ」「親方、心配するねえ。割れても末に買わんとぞ思う」
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◆平成開進亭のさっぽろ市民寄席の予定◆
平成開進亭(9月 白酒二人会)
9月の開進亭ゲストは、昨年の「大札幌落語会」にも出演された桃月庵白酒さんです。
大物感たっぷりのルックスに軽妙洒脱な語り、笑いのツボを突きまくるギャグがやみつきになります。
会場:男女共同参画センターエルプラザ3Fホール
料金:一般 2,000円(全席自由)※ぶんぶんクラブ会員優待:1,800円(50名限定/要予約)
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◆桂雀三郎さんについて◆
桂雀三郎(かつら じゃくさぶろう)。1949年3月30日生まれ。大阪府摂津市出身。出囃子はじんじろ。紋は結三柏。
1971年03月、2代目桂枝雀(当時は10代目小米)に入門し米治を名乗る。
1975年01月、雀枝と改名。
1976年10月、3代目雀三郎を襲名。
桂雀三郎withまんぷくブラザーズとしてコミックソング「ヨーデル食べ放題」のヒット曲も持つ。1996年11月27日に発売。2000年に約12万枚を売り上げる。
◆桂枝光さんについて◆
2代目 桂枝光(かつら しこう)。1959年6月21日生まれ。 大阪府大阪市城東区出身。出囃子は猩々。紋は結び柏。
よしもとクリエイティブ・エージェンシー札幌事務所所属。上方落語協会会員。前名は桂 小つぶ。
結婚、子供2人に恵まれたが、その子供が後に罹った喘息を改善させるために北海道へ移住した。1996年8月、2代目桂枝光を襲名。師匠の死後は、再び故郷である大阪に拠点を移した。現在、札幌市豊平区平岸に住む。
札幌では寄席ブームを復活させようと平成17年5月にさっぽろ市民寄席として、<平成開進亭>を立ち上げ活動している。
◆平成開進亭について◆
平成開進亭(へいせいかいしんてい)は、桂枝光さんが席亭を勤め、立ち上げた札幌市の「さっぽろ市民寄席」です。
寄席ですが、実際には小屋を持たず、札幌市内のホール等で定期的に開催されています。明治時代に札幌にも寄席があり、「席亭山下」、「開進亭」、「松進亭」、「札幌亭」、「金沢亭」、「丸市亭」、「南亭」などで、いずれも現存してません。
その中の「開進亭」を改め「平成開進亭」として平成17年5月から毎月活動している。


